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令和の時代

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新元号の令和は万葉集の梅の花の歌32首の序文「時に初春の令月、気淑く風和ぐ」から引用されたと報道されています。

梅は万葉集が編集された時代に中国から伝わり当時大流行していたのですが、道元禅師様もこの梅をこよなく愛されたお方でした。

永平寺の七堂伽藍(ひちどうがらん)の中心には仏殿があります。

その前に白色と赤色の対の梅が植えてあります。

私が永平寺の景色の中で一番好きなのがこの梅が咲いている時期です。

道元禅師様もこの梅の花を大変愛でておられました。

著書である正法眼蔵では「梅華」の章があります。

その中で「釈尊が悟りを開いた時、雪の中に梅の花がさいた」という師である如浄禅師の教えに感銘を受け

「「而今(にこん)すでに雪裡の梅花まさしく如来の眼晴なりと正伝(しょうでん)し承当(じょうとう)す」と述べています。

『雪の中の梅花は仏の悟りの眼そのものであることをしっかり伝え継いでいきます』と力強く宣言しているのです

。つづいて如浄禅師の言葉には「いまはみな蕾もなく茨だらけだが、やがていっせいに花を咲かせる(悟りを開く)だろう、その花にこそ真実があるのだ」と教えています。

仏道を歩む弟子たちへ梅の花を例えて応援されているのです。

梅の花は寒い冬を耐えて、暦の上で春になる頃に香しい花を咲かせます。

その耐え忍んで咲かせるその様は、修行を重ね、悟りを開く姿と重なります。自己を耐え忍んでいつかは花(さとり)を咲かせるという姿です。

私たちの春の花は桜の花ではなく梅の花なのです。

『令和』とのかかわりあいを感じながら道元禅師の言われた正伝の仏法を学び伝える令和の時代にしたいと思います。

本覚寺寺報22号